2025年5月13日火曜日

四十九日も無事すぎて

落ち着いてきたので、記事として残します。
 
2025年3月14日 母が永眠しました。
昨年の3月に大腸癌が発見され、一旦ステント置換え術を施し一時的に元気なったけど
肝臓の表面に無数ゴマをまいたようなものも見つかり
手術摘出は厳しいとのことで、余命3年と医者から宣告。

けれど、昨年10月ごろから体調が急変。
自宅療養しつつ、介助介護で支援していたけど、2月に家で倒れそのまま緊急入院。
(こんな状況だったのに、会社のクソ上司(竹島)は仕事バンバンよこしやがって)
(このことは会社に報告済みだったのにね。同じ状況になって苦しめって思ってる)

緊急入院後、コロナのせいで病院から呼ばれないかぎり面会できず。

緩和ケア病棟に移動になってからは、毎日面会できるようになったので
毎日病院に通いまして、会話したり写真みせっこしたり
していましてけど、だんだん寝ている時間が増えてきて・・・。
麻酔や睡眠薬を投与されるも常に痛みがあるようで、
とても苦しかったみたいです。

まだ茅ヶ崎に住んでいること、父が自営で苦労も多く、母の家庭でも苦労してて
やっと解放されたようなのに、死ぬ間際にまた苦しみに襲われている母が
ただただ気の毒だし、可哀想すぎた。

亡くなる2、3日前、ずーっと眠り続けていたので、もうこのまま・・・だめかな
と思っていた矢先、前日にぱっと目が覚めて
「なんだ、だいか」と言って、そのまままた寝てしまいました。
その後、もう一度起きて、「もう勘弁してくれ」と言うので、
もう、心配しなくていいんだよ、ゆっくり休んでね。と言ったあとの夜中に他界。

よっぽど、心配だったんだろうね。

亡くなって、三七日ごろまで、夜トイレに行く歩く音や朝台所を歩く音
毎日聞こえていた。
一度朝方に階段をよいしょ、よいしょと声を出しながら上がってくるときも。
(私2階自室 母1階自室)

四十九日終わったら、ぱたっと音しなくなった。
家の中が静音。

錯覚だったのか、分からないけど、今は悲しみは薄れて、後悔多し。
むしろ、何年も前になくなっていて、今の生活を何年もしてきたのか
と妙な錯覚に陥ることも。

そもそも、父や母の肉声を思い出せない。
言葉として記憶はしているけど、脳内再生されない。
よく、映画やドラマ、アニメなどの名言や気に入っているシーンは
音声やBGMとともに脳内再生されるのに・・・。
なぜ、記憶が出てこないんだろ。

ほんと、写真も北海道に引っ越してきてから、たくさんの思い出ととも
たくさん撮ればよかったと後悔。
肉声の入った映像も残せばよかった。

近況を。

退院して10月6日から職場復帰しています。 最初の2週間位は痛みが慣れなくて辛かったけど、今は神経痛や術跡が痛むことが少なくなって、だいぶ楽になりました。 この時期、朝晩は気温がマイナスになることが多く、バイクには乗れなくなることが増え、 運動量を増やすために、エアロバイク買った...